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月刊未来経営

貫く棒の如きもの

この時期になると思い出すのが、高浜虚子の「去年今年(こぞことし) 貫く棒の如きもの」という名句である。

もともと俳句とは本来、説明しない、結論を言わない、多くを語らないのであるが、この一句は、時代に流されない、まっすぐ通る何かがある――それだけを語る、極端にシンプルな句である。年末から年始に漂う「おめでたさ」を一切排除した厳しさが印象的だ。

虚子の言う「如きもの」の表現が実に憎い。あえて説明せず曖昧にとどめることで、読み手それぞれの実感を引き出しているところが秀逸である。結果、「自分にとって貫いているものは何か」と、静かに問いかけてくる、極めて哲学的な一句である。

 

さて昨今DXやAIの進展、また雇用環境の変化により、日本中が右往左往している。当社も例外ではなく、もちろん大騒ぎである。こうした変化は時代や環境に適応していくため必要なことであり、避けて通れるものではない。

しかもその変化のスピードが尋常ではないので、相当のエネルギーをかけて対応せねばならない。だからこそ、受け身にならず、むしろ楽しんで対応した方が正解だ。

でもそこに何か「貫くもの」がないと、その変化のスピードに本質そのものが流されかねない。この句を経営の文脈で読むと、棒は経営理念とも言えるし、会社の客先や従業員に対する姿勢とも言えるし、社長そのものとも言えるだろう。そうしたものの積み重ねが「社風」を形づくっているのかもしれない。

 

さて年頭にあたり改めて問いかけたい。
皆様にとって、また皆様の会社にとって「貫く棒の如きもの」とは何だろうか。
自分の会社は去年から今年へ、何が変わらずに貫かれているのだろうか。

【文責:飯沼 新吾/プロフィールはこちら

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