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月刊未来経営

ノー残業デーについて考える

あらゆる仕事にとって、時間と言うのはもっとも制約の厳しい資源です。誰にとっても1日24時間は同じ程度に流れていて、時間を貯めておくことはできません。

ドラッカー氏は「私の観察によれば、成果をあげる者は仕事からスタートしない。時間からスタートする。計画からもスタートしない。何に時間をとられているかを明らかにすることからスタートする。」と言っています。いきなり胸にグサッと突き刺さりますよね。成果をあげるには「計画」することも重要ですけど、一番の問題はその計画を実行できないことということでしょう。

考えてみると、たとえばエクセルの罫線の太さに凝ってみたり、内部の調書を汚いと言って書き直してみたり、どうでも良い仕事の段取りをああだこうだと考える人がいます。この種の作業はその人の趣味でやっているだけで、仕事ではありません。仕事である以上、その質や成果を自分で評価しても意味がなく、お客さまや社内の上司など自分の仕事の受け手が評価するもので、その人が評価してくれなければ、いくら綺麗に出来ていてもやはり「趣味」的な作業と言わざるをえません。

ですから本当の仕事と趣味的な作業を峻別してみると、実際のところ、やってもやっても終わらないほどの仕事は多くはないというのが現実でしょう。むしろ本当に「仕事」をしていたのは1日4時間ぐらいで、あとは全部「趣味」の時間だったということも大いにありえます。
本来はその「仕事」をさっさと終わらせて、定時で帰っていただきたいのですが、会社のように組織で行う仕事には、仕事をしている人たちの間に相互依存症があるので、お互いに連携して組織的に働いている職場では、ある程度時間を横にそろえておく必要がある。つまり皆がいると帰れないので、結果としてその時間を「遊んでいるわけにはいかない」ため趣味的な作業で穴を埋める。そこで登場するのがノー残業デーということでしょう。

ですからノー残業デーを設定した後、全員が頭のなかで「仕事」と「作業」の峻別という棚卸も行わないと、あいかわらず誰も頼んでいないことに血道をあげて、結果ノー残業デー以外の日の残業が増えるという皮肉な結果で終ります。

これは経営者にも大いに言えることですから、自分の時間の棚卸を行うべきでしょう。

(参考図書:好きなようにしてください。 楠木建 ダイヤモンド社)
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